――子供のころを振り返っていただきたいんですが。漫画は小さい時からずっと読まれていたのでしょうか。
●矢吹 そうですね。初めて与えられたのが幼稚園ぐらいだったかな。「コロコロコミック」でしたね。『おぼっちゃまくん』とか『つるぴかハゲ丸くん』、『ダッシュ!四駆郎』あたりが連載されてました。あと父親が読んでいたので、小さいころから家には「ジャンプ」があったんですよ。まだ幼稚園前だったかな、『ドラゴンボール』をアニメで観ていてすでに好きだったんですけど、それがもともと漫画でやっているものだっていう認識はなくて。初めて「ジャンプ」で見たとき、いきなりピッコロ大魔王にシェンロンが殺された回で、何が起こっているんだろう!って思いました(笑)。
――こっちにも『ドラゴンボール』があるけど、なんか違う!?と。
●矢吹 そうですね。まだ字もちゃんと読めなかったころじゃないかなあ。でもなぜか覚えてますね。すごくインパクトがあったんですよ(笑)。
――そうなんですね。そのころから、もうお絵かきはしていましたか。
●矢吹 してました。体の弱い子だったので、よく入院していたんですけど、ひまつぶしに病院で絵を描いてましたね。最初は『キン肉マン』、『ドラえもん』でした。
――そのまま漫画が身近なまま小学校にあがって。
●矢吹 「ジャンプ」とか漫画を定期的に読むという習慣ができたのは、小学校の3、4年生だと思います。『ドラゴンボール』と『聖闘士星矢』がやっていた頃ですね。
――ご自分で描き始めたというのは。
●矢吹 初めてコマ割りして描いたのが小学4年のときだと思う。お母さんに見せたかな。
――何とおっしゃってました?
●矢吹 普通に流されました。「へえ」みたいな感じで(笑)。
――どんな内容だったか覚えていますか?
●矢吹 たしか「マリオ」の話だった気がするんですけど。「ノコノコ」っていうカメが好きだったので、あれを主役にした話だった覚えがあります。本当にもう大したことのない話ですけど。落書き帳にちょっと描いてみた感じで。
――そのころには、もう漫画家になる、みたいな気持ちはあったんですか?
●矢吹 いや全然、そんな未来のことは考えたことがなかったですね(笑)。楽しいからって感じで、ずっと絵は描いていました。欲しいおもちゃが買ってもらえないときは、自分で紙に描いて、切りとったりして(笑)。
――中学に入ってからも同じ感じですか。
●矢吹 何かもう習慣になっていたというか、やっぱり絵ばっかり描いていた覚えがあります。
――絵以外に漫画も描いていましたか?
●矢吹 漫画らしい漫画は……あっ、描いていましたね。仲がよかったいとこに見せ出したのが中学ぐらいだった気がします。そこで人に読んでもらう感覚が生まれた。いとこが次を楽しみにしてくれるので、描かなきゃ!みたいな感じで。
――早くから読者がいたんですね。人に見せ出したことで腕も上がっていったんじゃないですか。
●矢吹 そこで身につけたものは結構あるかもしれないです。コマ割りの感覚とか、そのころと変わってない気がするし。
――そうなんですね!そのころにはもう結構しっかりしたストーリー漫画を?
●矢吹 そうですね。そのころ『ドラゴンクエストX』にすごくはまっていたので、ああいうストーリーものに、ちょっと興味を持っていました。もう、まんまドラクエの絵を動かしているような漫画を描いてましたね。
――高校ではどんなことを?
●矢吹 もういとこに漫画を見せてはいなかった気がするんですけど、絵は描いていましたね。『新世紀エヴァンゲリオン』にすごくはまって。それまでは鳥山先生とか『聖闘士星矢』のような男キャラばかり描いていたんですが、かわいい女の子キャラを描くのに興味を持った。綾波とかアスカとか貞本義行さんのヒロインのデザインに結構衝撃を受けたんです。
――衝撃的だったというのは、どのあたりですか。
●矢吹 それまでの一般的なヒロインとちょっと違う感じがしたんですよね。その前に、僕は小学校のときに『ふしぎの海のナディア』も好きだったんですけど、今思えば、その時点でちょっと影響は受けていたんです。『ナディア』も(『エヴァンゲリオン』の)貞本さんのデザインなんですよ。
――そうだったんですね。
●矢吹 ヒロインはロングヘアでなければならないイメージがあったのに、ナディアは肩までの短い髪で肌の黒い女の子だった。『エヴァンゲリオン』を見たときに、どこかで、この感覚を味わったなと思ったら、同じ人のデザインだったという。
――自分の好きなものがつながる感じというのはうれしいですよね。
●矢吹 ええ。監督も、両方とも庵野秀明監督ですしね。
|