ジャンプSQ.若手作家が聞く「マンガの極意!」鏡貴也 先生 山本ヤマト先生 降矢大輔 先生 & アラカワシン 先生

《1》『終わりのセラフ』の立ち上がり!

アラカワシン先生(以下、アラカワ) 『終わりのセラフ』(以下、『セラフ』)は原作の鏡先生、絵コンテの降矢先生、作画の山本先生の3人体制で描かれていますが、どのような流れでこの体制になったのでしょうか?

鏡貴也先生(以下、鏡) 漫画版『紅 kure-nai』(原作:片山憲太郎、漫画:山本ヤマト、脚本:子安秀明、コンテ構成:降矢大輔)(以下、『紅』)が終わった山本先生の次の原作を探していた、前担当編集に呼ばれたんです。僕はデビューレーベルの富士見ファンタジアで70冊くらいのライトノベルを出していたのですが、初めての他の出版社で、しかも初の漫画原作ということで、相当張り切っていました。
鏡 ええ。降矢さんに入って頂くまで、実は何パターンも脚本を書いては直していたんですよ。「ジャンプ」と名がつく雑誌の仕事だったので、他のジャンプ作品を読んでいたのですが、どれも凄い作品ばかり!…でも、その横に並んで戦える強度の作品にしないといけないので、最初から試行錯誤の連続でした。

アラカワ ライトノベル界で相当のキャリアを積んだ鏡先生が、連載ネームでそこまで苦労されるなんて…。

鏡 僕は世の中に「売れっ子作家」も「新人作家」も存在しないと考えているんですよ。読者にとっては超売れっ子も新人も同じ雑誌に載って、単行本だって同じくらいの値段で売られている。読者は同じお金を出しているのに、新人だから面白くなくても許されるなんてことはないし、売れっ子だから面白くなくていいわけでもない。だから初めての新人でも、どこでどれだけ売れてきたキャリアがあっても、作品を出す時はみんな平等で、今活躍している「ジャンプ」作品に張り合えるだけの作品を作らなければならないと思って頑張りました。もう新人も売れっ子も毎回新作では平等ですから。

アラカワ 確かに「新人」の肩書きに甘えて、読者を意識できないのはまずいですね。

鏡 担当さんに「ちょっと良くなってきたね」と言われたら、ちょっとくらいだったらその脚本をボツにして、新たな面白いものを書こうとしたりして。とにかく、いいものができるまで直し続ける日々でした。

アラカワ そんなに何度も直していると、書きたいことが分からなくなったりしないのでしょうか?

鏡 いえ、内容や設定が違っても、僕の中には常にブレないものがあります。僕は「人間が、人間に届ける、人間の物語」にしか、人は興味を持たないと思っているんです。どういう出自から出てきた人が、どういう気持ちでその世界と接するか、誰かと触れ合うことで何が起きるか…僕はそういうことばかりに興味があるんです。そういった人の物語が人の心を震わせると思うんです。

アラカワ 『セラフ』の重厚な設定もそこから生まれてきたのでしょうか?

鏡 いわゆる「設定」とは、人間の物語を見せるための舞台装置です。物語を深掘りし、赤裸々に見せるためのものです。もっとも、書いていくにつれて社会構造や時代背景などの設定はどんどん膨らんでいきますが、それを見せないようにすることも大事です。僕の場合、設定はできるだけキャラクターにだけ向くように心がけています。そうして第6稿まで行って、ようやく降矢さんにネームを描いてもらうことになったのですが…今度は100枚描いた降矢さんのネームがボツになって!
降矢 その頃はページ数の指定がなく「取りあえず好きなだけ描いてみて」と言われたのですが、脚本の量から見て普通に100ページは行くだろう、と。それで描いたら…鬼のようなボツですよ(笑)。「キャラが弱い」とか言われて。

鏡 それを1年半ずっとやっていたんですよ!結局15稿まで。とはいえ新しいものを作る時にこれだけカロリーをかけることに、もの凄く楽しんでいる部分もありました。で、かけたコストが裏切らなくてよかったですね(笑)。
降矢 ありがたいことにアニメになってくれましたし(笑)。

取材&マンガ アラカワシン
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