スクエアベース リポート#1
司会:本日は、まだ漫画を描き始めて間もない方から、連載作品を準備されていらっしゃる方まで、総勢36名の新人漫画家の皆さんに、全国各地からご参加いただいております。この講演会が皆さんの漫画制作の一助になることを願っています。それでは早速一番目の講師陣を紹介しましょう。加藤和恵先生、佐々木ミノル先生、ヨシカゲ先生です。
一同:よろしくお願いいたします。
司会:それではまず、自己紹介を兼ねて、皆さんのデビュー前についてお聞かせいただけますでしょうか。
加藤:『青の祓魔師』を連載している加藤和恵です。私は15歳(中3)の時に初めて「週刊少年ジャンプ」の漫画賞に投稿したところ、運よく奨励賞を頂き、編集者の方から連絡を頂きました。しばらくしてその編集さんは他の部署に異動されてしまったのですが、18歳くらいで本格的に漫画を描き始め、もう一度少年ジャンプに持ち込み、第59回手塚賞で受賞しデビューしました。
佐々木:『青エク』スピンオフコメディ『サラリーマン祓魔師 奥村雪男の哀愁』を連載している佐々木ミノルです。加藤先生と私は同じ回の手塚賞を受賞した同期で、その頃から20年ほど付き合いのある盟友です。私は地方住みだったので、郵送で投稿していました。19歳の時に「週刊少年ジャンプ」に投稿した作品で担当編集が付き、その数年後に受賞、赤マルジャンプにも一度読切が載ったのですが、少年ジャンプを出てみようという思いがあり別の雑誌に移りました。
ヨシカゲ:2018年11月号から『モナリザマニア』という連載が始まりましたヨシカゲと申します。以前加藤先生のアシスタントをしていた縁で、今回参加させていただきました。 私は元々「少年ガンガン」の愛読者だったので、19歳の頃ガンガン編集部に持ち込みをしました。ただ、何度作品を仕上げても期待賞止まりで…。24歳の時くらいに、いくつか別の雑誌に持ち込みをしたところ、ジャンプSQ.の担当編集さんに声をかけて貰いました。それから3年間で4本の読切掲載と連載も始められたので、今の担当さんには感謝しています。
司会:今は同じ雑誌で連載されている先生方も、それぞれ違った経歴があるのですね。それでは、新人時代、ここが大変だったという部分はありますか?
ヨシカゲ:同級生たちが一般企業などで働き始めた頃は、とにかく焦りを感じました。それを払拭するため、読切のコンペにはほとんど出していましたね。
加藤:私は作品の量産が出来なかったので、ネームを描くのに半年かかっていました。
司会:その半年間は、話を考えている時間が長いのですか?
加藤:そうですね。やりたいことはあるけど、上手く描き終えられないという感じで…。本当は期間を決めて、作品を完成させる方が良いとは思うのですが。あと、「ジャンプSQ.Ⅱ」に掲載された読切『ホシオタ』は、急遽描くことが決まった作品で、私の家だと何人もアシスタントを呼べなかったので、集英社の会議室を借りて、そこで缶詰になり、何とか1か月で描き上げました(笑)。
佐々木:アシスタントを総動員しても手が足りなかったみたいで、私も手伝いに行きました。今ではあり得ないやり方ですよね(笑)。
司会:ここにいらっしゃる先生方は、精神的にも肉体的にも、いろいろな困難を乗り越えられてきたと思います。それでは、今日ここに参加されている新人漫画家の皆さんに、どんな悩みがあるのか聞いてみましょうか。質問がある方はいらっしゃいますか。
と言われました。どうすれば良いでしょうか。
加藤:私は、自分が描きたいと思う内容にマッチした絵が描けているなら、画力や絵柄に関しては、そこまで気にすることはないのかなと思っています。ただ、自分らしい絵が描けていて、その絵のままで勝負したいなら、その作品の雰囲気に合った媒体に行くのが一番近道だとは思います。逆に、掲載したい媒体を譲れないのなら、その雑誌(媒体)が求めている絵柄を勉強してみるのがいいのではないでしょうか。
司会:皆さん、絵はどのように上手くなったのですか? 昔から特別練習していましたか?
加藤:画力を高めるためには、よく言われる通りひたすら描くしかありません。私自身、人気のある作品の絵を参考にしたりして絵の練習をしていました。ただ『青エク』も連載開始から10年が経ち、今の時代の中では絵柄が古くなりつつあるとも感じているので、自分の絵が時代に取り残されないよう、常に意識しながら絵を描いています。
佐々木:加藤先生は、私と雑談をしている最中などでも絵を描きながら説明してくれることが度々あります。「こんなゴキブリが出たよ」と足の生えている位置まで具体的に描いて教えてくれたこともありました。そういった日常の中でも、絵的な意識を持って向き合える人が、より絵の上手くなっていく人ではないかと感じます。
ヨシカゲ:私も連載開始前に絵に不安があると編集部から言われた記憶があります(笑)。ただ漫画の売りは作品ごとに違うので、あるラインを超えさえすれば、絵を理由に掲載されないことはないのかなと思っています。
司会:絵について悩んでいる新人漫画家はたくさんいると思いますが、実際に先生方のお話を聞けると参考になりますね。それでは次の方に質問を聞いてみましょう。
加藤:『青エク』に関していうと、元々は妖魔退治漫画を描きたいという思いがあり、一度オリジナルの設定を考えて物語を作ろうとしたのですが、読者にとっては分かりにくいだろうなとも感じていて…。そこで、妖魔を悪魔に限定し、現実にあるエクソシストという職業と組み合わせて漫画にしました。ファンタジーは好きでしたが、ホラーはそれまでほとんど接していなかったので、『青エク』をやると決めてから研究のためにホラー映画を見まくりましたね。
佐々木:『中卒労働者から始める高校生活』を描くことになったきっかけは、担当さんから「過去の作品を読んでもあなたの人柄が分からない。何でも良いからあなたの人となりが分かる漫画を描いてほしい」と言われたことです。無理にひねり出している感覚はなく、ただ自分の中にあるものを描いているので楽しいですね。
ヨシカゲ:私は2本目の読切が載った後、しばらく読切ネーム会議を通らない時期がありました。その間「トランプの大富豪漫画」や「魚を倒しに行く漫画」など色々考えたのですが、1年期間が空いて3本目に載ったのが美術を扱った漫画でした。自分が美術系大学出身ということもあり、担当さんから「ヨシカゲ先生にしか描けない作品」と言われ手応えを感じたのを覚えています。その後連載用のネーム作成にあたり、美術系大学に行っていたその知識や経験を活かしやすい漫画を狙って、「贋作」を描いて絵を入れ替えるネームを描いたのですが、そのネームを見た担当さんから、2話目のテーマだった「モナリザ」の話が面白いという反応があったので、それを主軸に変更して今の『モナリザマニア』が生まれました。
司会:今連載されている作品にたどり着くまで、三者三様のエピソードがあって面白いですね。では次の質問をお願いします。
加藤:これまでだと、ヨシカゲ先生の他には、『阿波連さんははかれない』の水あさと先生、『ムーンランド』の山岸菜先生がジャンプ+で連載を始められましたが、私が特にしたことは何もないです(笑)。他から聞く話だと「月に1度ネームを見せに来い」というような職場もあるようですが、私の場合はときどき持って来てもらったネームを見る程度ですね。
ヨシカゲ:加藤先生からは「見せに来ても良いよ」という温かい空気を感じるので、私は何度かネームを持っていきました(笑)!
司会:加藤先生に直接ネームを見て貰えるなんて羨ましいですね。連載漫画家にネームを見て貰えるのはアシスタントの方々だけの特権ではないでしょうか。それでは、次の質問のある方いらっしゃいますか。
加藤:まずは自分を曝け出すことじゃないでしょうか。オリジナリティは本来誰もが持っているものです。自分を出せたうえで、もし「よくある話」だと言われたら、それは「王道が描けるという個性」なんだと思います。だったら、そこをもっと伸ばしてやろうという気概でやるのも良し。あと、例えば同じ「エクソシスト漫画」というテーマだったとしても、作者の切り口が違っていれば、それは別の作品になるのだと個人的には思います。
佐々木:直接そう言われたらいろいろ悩んでしまうと思うけど、あまり気にしなくていいことかもしれません。個人的な経験でも、ちょっとしたアイデアを加えるだけで、クルッと印象が変わったことが多々あるので。
ヨシカゲ:私も藝大生というバックボーンがありながら、美術読切についても4~5回ボツを経験しています。やはり漫画というフォーマットに落とし込んで考えることが大事なんだと思います。基本的に読者は美術に関して興味がないという前提でどう話を作るのか、自分なりに考えました。
加藤:そういった点では、『ヒカルの碁』は良い例じゃないでしょうか。囲碁に興味を持っていない人にも凄く受け入れられたし、知識がなくてもとても面白いので。
佐々木:読みやすく描けているかっていうのが重要ですよね。
ヨシカゲ:キャラ同士の関係性や、会話の面白さなどを大切にしていくと良いと思います。
司会:もっと話を掘り下げたいですが、まだまだ質問のある方がいらっしゃるので、次の質問に行きましょう。
ヨシカゲ:難しい質問ですね…。デジタルが主流になりつつある現在、SNSに上げて宣伝するなど、マメさじゃないでしょうか(笑)。私自身デジタル環境が得意ではないのですが、作家本人の宣伝が効果的だと思ってやるようにしています。
加藤:漫画界…。普段は自分のことで精一杯だし、あまり考えたことがないですね(笑)。でも単純に今の皆さんにお伝えしたいのは、年を取ったら出来ないことが増えてくるから、興味のあることは若いうちに何でもやっておいた方がいい、ということでしょうか。もちろん経験してないことのフラストレーションから作品が生まれる場合もありますが…。
佐々木:ちょっとズレるかもしれないですが、メンタル面が健康じゃないとベストな作品が描けないので、そこは大事にして欲しいです。
司会:皆さんはメンタルを良い状態に保つために、何かしていますか?
加藤:メンタルを崩したまま漫画を描き続けると、いつか体を壊しますし、担当編集など周囲の人との関係も上手くいかず、結局作品にとって悪影響になってしまいます。私がメンタルを保つ上で一番いいと思うのは、やはりしっかり寝ることですかね。あとは好きな映画を観たりゲームをしたりして気分転換をします。仕事場でも、常時好きな音楽、自分の場合はゲームのサントラ等を流して、なるべくストレスを溜めないようにしています。
ヨシカゲ:単純なリラックス方法だと好きな漫画を読むことですね。でも普段は、なるべく好きなものだけじゃなくて流行りものの作品(映画など)を観るようにしています。周囲の評判と自分の感覚が合わないこともあるのですが、そのときは何が良い部分なのか分析をします。いろいろ考え始めるとあまりリラックスはできませんが(笑)。
佐々木:ポジティブなメンタルにするためには、お笑いライブDVDを観たり、ギャグマンガを読んだり、明るいものを観るようにしています。ただ、私は自分が描いている作品の世界観に精神的な影響が出やすいのですが、暗い気持ちも明るい気持ちも、創作には重要だと思っているので、その場その場で作品の世界観に没頭しながら描いていますね。
司会:リラックス方法もやはり人それぞれですよね。新人作家の皆さんには、各々好きなものや、ストレスを軽減できる方法を見つけてもらいたいです。それでは、次の方いかがでしょうか。
佐々木:作風に合っているかが大事なので、ただ華やかだから良いというものではないと思いますが、加藤先生はどうですか。
加藤:そうですね。もし本来の自分の持ち味が暗い雰囲気なら、そういうものが映えるジャンルに挑戦するのもいいのかもしれないと思います。あと画面を構成する上で大事なのは、実は絵よりもセリフの方だったりします。ときどき新人漫画家さんの作品の審査をしていると、せっかく絵が上手いのに、吹き出しの位置やセリフの大きさですごくもったいないことをしているなと思うことがよくあります。
ヨシカゲ:私も加藤先生のアシスタントを経験して、フキダシは丸く・セリフは読みやすくをより意識するようになりました。全てのフキダシを楕円にするとセリフが長くなって読みづらいんですよね。
加藤:もちろん絵で魅せることも大切だし、一概にセリフだけを重視しろとは言わないけど、 フキダシを置く位置にもしっかりこだわりをもって欲しいですね。
佐々木:普段漫画を読んでいるとき、しっかり見せ場で良いセリフがはまっていて気持ちが良いなと思うことがあると思います。いろんな作品を研究しながら、スキルを身に着けていって下さい。
ヨシカゲ:個人的に、画面内の情報密度が高すぎる漫画は読者にとって読みづらいだろうと思っているので、「線一本で区切らないで枠はちゃんと描く」とか、「横のラインは1cm・縦のラインは0.5cmとる」というような基本的なことは守っています。
加藤:描き込むタイプの人ほど、基本に忠実でいた方が読みやすいですし、逆に絵があっさりしているタイプの人はコマ割り等で変化をつけると良いかもしれないです。バランスを見て色々試して下さい。
司会:画面構成は、新人漫画家の方々にとってなかなか上手くなる方法を見つけにくい部分だと思いますが、具体的なアドバイスでとても参考になります。他に質問のある方いらっしゃいますか。
加藤:どこが見せ場なのかはそれぞれの作品次第ではありますが、一般的には設定説明のセリフと感情のこもったセリフなら後者の方が読者には響きます。作者が伝えたいものというより、読者が受け取る際に印象付けたいシーンを考えるのが良いのではないでしょうか。
ヨシカゲ:感情のこもったセリフを魅せたいなら、そこに行くまでのステップが大事です。そのシーンへ向かう前から徐々に段階を踏んでいくことで、より印象的なセリフになるはずです。
佐々木:あとはテンポが良くないと読みづらくなってしまうので、大事だと思っているセリフを活かすには、結局全てのページに気を配らないといけないかもしれません。自分の思う見せ場だけに注力するのではなく、全体的に俯瞰して見られるよう意識してみてください。
加藤:リズムとテンポは大事ですね。流して読んでもいいコマは、その意図が読者に伝わるように画面をコントロールしながら描いていく必要があると思います。
佐々木:そういう意味では、コマ割りにそれぞれの作者の個性が出ますよね。
加藤:イラストと漫画の1番の違いはコマ割りがあることです。あまり注目されないけど、人によってコマ割りは全然違うから、色々読んで見比べてみると良いと思います。
司会:加藤先生は普段コマ割りの研究をされていますか?
加藤:研究とは思っていないですけど、漫画を読む時には必ず注目しますね。「こう割るんだ!面白いな」と思うことも多々あります。今はスマホで読む漫画もあるので、コマ割りも雑誌と違ってきているかもしれないですが。
ヨシカゲ:加藤先生が、コマ割りがスゴイなと思った漫画家さんは誰ですか?
加藤:ゆうきまさみ先生ですね。ページのまたぎ方とかカッコ良すぎて、「そりゃ、これはめくっちゃうよね」というコマの割り方だと感銘を受けました。
司会:見せ方一つをとっても、さまざまな側面を意識するのが大切なんですね。終了時間が近づいてきましたので、質疑応答はあと二つとさせていただきます。それではそちらの方お願いします。
加藤:「週刊少年ジャンプ」など他の雑誌はわからないですが、私は「ジャンプSQ.」を"少年"漫画誌とはあまり考えていないので、女の子がバトルをしたりする漫画でも全然問題ないと思います。主人公を無理に少年に置き換えるだけでは、きっと良い作品にはならない気がするので、本当に描きたいと思うなら女の子を主人公にした漫画を描いて下さい。むしろ女の子が主人公の作品は少ないので、チャンスかもしれないですよ。
佐々木:今は老若男女がいろんなジャンルの漫画を読む時代です。少年漫画~少女漫画というボーダーは曖昧になって来ているし、少年誌~青年誌も明確な住み分けが弱くなってきていると感じます。
司会:「ジャンプSQ.」という雑誌について、編集長にも聞いてみましょう。「ジャンプSQ.」のジャンルについて、編集長はどうお考えですか。
編集長:そうですね。およそ10年前、「月刊少年ジャンプ」という雑誌から、新雑誌へ刷新する際、”漫画好き”の為の雑誌を創刊しようという位置付けで、「少年」という名称を外し「ジャンプSQ.」が始まりました。編集部の目標は面白い漫画を作ることなので、女の子が主人公だからダメだというようなことは気にされなくて大丈夫です。
ヨシカゲ:まだ『モナリザマニア』には"少年"が1人も出て来ていないので、大丈夫かなという思いがあったのですが、今の言葉を聞いて安心しました(笑)。
司会:いろいろな悩みにお答えしていただきましたが、次の質問で最後となります。では最後の方、質問をお願いします。
加藤:例えどんな人生であっても不安はあるのではないでしょうか。それなら私は好きなことをして生きていきたいと思っていました。いつかプロになれるだろうという根拠のない無い自信を持ちながら。
佐々木:一般的な生き方では無いし、保証も何もない世界ですからね。私の周りにいるプロになった人を見ると、漫画を描く以外選択肢が無いような人が多いのかなと思います。将来に対して深刻に考えるより、自然に漫画を描き続けられる人が残っていくような気がします。不安を上回る楽しい瞬間が沢山あると思うので、漫画を描き続けて欲しいですね。
ヨシカゲ:大学を卒業した後、親に漫画家を目指すということを話したとき、父から「好きなことをしていれば食いっぱぐれることはない」という言葉を貰い、それが私にとっての支えになっています。不安を払しょくするために大事なのは、当たり前のことを積み重ねることじゃないでしょうか。ネームを描く・修正する・絵の練習をするなど、漫画家として当たり前なことをずっと続けられるなら、何事も実現できるのではないかと信じています。
司会:加藤先生・佐々木先生・ヨシカゲ先生、大変お忙しい中、貴重な講演ありがとうございました!
一同:ありがとうございました。
司会:さまざまな角度から多種多様なお話があり、とても参考になったのではないかと思います。この後、少し休憩を取りまして、『終わりのセラフ』原作者の鏡貴也先生に登壇いただきます。
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