スクエアベース リポート#3

スクエアベース
生産性を高めるスケジュールの管理方法

司会:3時間目の講師を紹介します。助野嘉昭先生です!

助野:『双星の陰陽師』を連載している助野嘉昭です。僕が今日まず皆さんにお伝えしたいのは、漫画家としてのスケジュール管理の方法です。一般的に「ジャンプSQ.」のような月刊誌では、毎月45ページの原稿を掲載することが多いので、180ページある単行本を出すためには4か月分の原稿が必要、つまり1年間だと平均3冊のコミックスが出ることが多いです。そんな中、僕は昨年(2018年)、コミックスを5冊出しました。今から何故それが可能だったのかをお話します。元々この方法は約2年前、『帝一の國』の古屋兎丸先生から伺ったもので、僕もそれを取り入れたのですが、簡単に言うと、原稿を週間ペースで仕上げていくというやり方です。僕の場合、毎週3日間(水~金曜日)スタッフさんに来てもらって原稿を仕上げるのですが、一日平均5ページずつ完成するので、45ページ分の原稿が3週間(9日間)で出来上がります。土~火曜日の間は、家事や育児をしながら、自分自身の作業。例えば、通常1週目の土~火は、次号のプロット(文字のみのシナリオ)を描き、2週目の土~火は、そのネームを仕上げます。3週目の土~火では、カラーの仕事や単行本作業を行うことが多いです。そうすると、1年間で45ページ分の原稿が17話分出来る計算になります。この方法を始めるまでは、2週間ネーム作業をやって、残りの2週間で原稿の作画をするという月間のサイクルでやっていたのですが、それだとネームをやっている間に原稿の描き方を忘れて手が追い付かない感覚があったり(また同様に原稿を描いている間にネームの考え方を忘れてしまったり)、スタッフさんに入ってもらう日程が自分のネームの出来次第のため不安定で、進行が見えにくいという問題がありました。でもこの方法に変えた今では、そういったことが全くなくなりました。ちなみに一日の平均スケジュールを話すと、7時に起床。/9時から仕事場で作業を開始。/10時にはスタッフさん達が集合。/12~13時までお昼休憩。/15時頃、小休憩。/18時、アシスタントさん達は夜休憩の後22時まで作業。/僕は18時以降は家に戻り、子供の世話など家庭のことをします。子供が寝た後、22時くらいから少し自分の作業をして就寝です。
最近はビジネス書などを読むことにもハマっているのですが、物事を習慣化することの重要性を再認識しています。例えばモチベーションが上がらないときでも、仕事が習慣化されていれば大した問題になりません。とはいえ、習慣をいきなり身に付けるのは難しいので、まずは自分にとって本当に簡単なことを習慣化することから始めると良いらしいです。僕は少し前にダイエットを始めたのですが、まずは毎朝家を出たら、エレベーターを使わず階段で降りるということを決めました。それをずっと続けていると、何も考えずに階段に足が向かうようになります。そしたら次は、「階段で降りている間にセリフを1つ考える」など、そこに〝+α〟を加えていく。それを積み重ねていけば、いきなりは難しいことでも習慣化できると思います。
次は睡眠の話をしようと思います。漫画家にとっては、時に睡眠時間を削ってまで描かなくてはいけないこともあると思いますが、睡眠は出来るだけしっかりとる方が効率的になります。『貧乏神が!』のアニメ化が決まった頃が今振り返ると一番忙しい時期だったのですが、毎日下書きからペン入れまでのノルマが5枚ありました。ただ5枚描くと、どうしても4時間しか寝る時間がとれなかった。そこで、とりあえず原稿のことは考えずに6時間寝てみたのですが、そしたら効率が上がって6枚描くことが出来ました。

司会:ありがとうございます!ではまず私から質問させていただきたいのですが、今お話にあった習慣化を漫画制作に落とし込む具体的な方法はありますか?

助野:1日の中で必ずやっていることに付随して、漫画の作業を行うことでしょうか。例えば毎日決まったラジオを聴いている人なら、番組が始まる直前に1分間スケッチを行うなどから始めるのが良いと思います。それが当たり前のように出来るようになったら、2分・3分…と大きくしていく。また、寝る前の時間も習慣化には効果的ですが、毎日寝る時間が異なる人の場合は、寝る前に何かをするのはお勧めしません。疲れた体で無理をしても上手く習慣化出来ないからです。

鏡先生:19年間小説家をやって来ているのですが、スケジュールの習慣化というのが全く出来ません(笑)。どうやったらそういったことが出来るのでしょうか?

助野:僕の場合は、2年ほど前に、季刊増刊誌「ジャンプSQ.CROWN」で同時連載をすることが決まり、生産性を上げないと物理的に間に合わないという状況になったことが大きいかもしれません。なので、鏡先生もたくさんの仕事を引き受けまくるのが良いと思います(笑)。

司会:それでは質疑応答に移らせていただきます。質問のある方はいらっしゃいますか。

「もっと良い展開が出来るんじゃないか」と思うと予定より時間が伸びてしまいます。助野先生は習慣(スケジュール)が崩れてしまうといった経験はありましたか?

助野:『貧乏神が!』を連載していた頃は、納得いくまで考え続けたことが何度もありました。特に連載終盤になってくると、終わり方や引っ張り方など色々なアイデアのストックが必要になって来るので、なかなか決断が出来なかったです。ただ、最近は時間をかければかけただけ良い作品になるというのは違うのではないかとも思っていて、決められた時間内で完成させることを最優先にしています。悩みまくった展開よりも、一番初めに頭に浮かんだ展開の方が、意外とハマったりするものです。

司会:では次の質問をお願いします。

ネームを描くのも作画をするのもスピードが遅いです。どうすれば速くなりますか?

助野:描き続けて「慣れ」ていく中、無駄だと思うものを減らすことだと思います。ただ、これは僕の自論なのですが、数を描くだけ上手くなるというのは間違いで、「上手く描くにはどうするべきか」など、考えながら描くことが大事だと思っています。

司会:助野先生は自分の絵柄が確立したと思うのはいつですか?

助野:『貧乏神が!』を始めた頃は常に試行錯誤していて、単行本1冊ごとに絵柄が変わっていたりしていました。ただ、描けるからと言って手癖で描いてしまうのは良くありません。絵にしても話作りにしても、日頃から、良い作品をなるべくたくさん吸収し、新しいことを取り入れるように意識しています。

司会:他に質問のある方はいらっしゃいますか。

私はあまり人の感情に興味を持てないのですが、魅力的なキャラやストーリーを考えるためにはどうしたらいいでしょうか?

助野:そうですね…。感情をメインにしない漫画を描くというのはどうでしょうか。感情がメインになるというのは、ドラマを重視した、いわゆる王道少年漫画的なお話だと思います。そこに興味が無いのであれば、それは一つの武器で、新しい何かが生まれる兆しかもしれません。例えば『刃牙』のような格闘漫画の場合、「誰が強いのか」によって読者を驚かせることを軸にすれば、キャラの感情はそこまで重要視しなくても良くなると思います。苦手な部分を伸ばしてフラットにするより、得意な部分を伸ばしてオリジナルな存在になった方が、プロの漫画家としては成功できると思っています。

司会:次の方、質問をお願いいたします。

今大学2年生なのですが、卒業後、就職するかアシスタントに就くかで悩んでいます。助野先生は連載を始められるまで、どういった生活を過ごされていましたか?

助野:僕はアシスタントもやりながら、定食屋でアルバイトをしていました。就職をして漫画を描くという選択肢もあるとは思いますが、仕事に追われて時間が無くなり、漫画を描かなくなった友達を何人も見て来たので、なかなか簡単ではないだろうなと思います。もし就職が漫画や絵を描くことに繋がるのであれば、社会勉強としては良いのかもしれませんね。

新人:もう一つ質問なのですが、カッコいいキャラクターや服装のデザインを描くために、参考にしていることや気を付けていることなどはありますか?

助野:普段いろいろな作品を観たりするなかでアンテナを張って、インプットを広げることでしょうか。ただ、デザインにはカッコよさも大切ですが、描きやすさも重要です。『双星の陰陽師』の戦闘服は一枚絵でデザインしてしまい、動かすということを全く考えていなかったので、描くたびに作画が大変で後悔しています(笑)。

司会:助野先生が新人漫画家時代にしていた努力は何ですか?

助野:ネームを作って持って行くという、普通のことを普通にやることだと思います。先程言った習慣化にあたるかもしれません。新人時代、『ONE PIECE』の尾田栄一郎先生はその頻度が半端なかったと聞いたので、尾田先生を真似て、毎週8ページ、16ページの短編ネームと、カラーのイラストを1枚描いていました。ご飯を食べている時も、お風呂に入っている時も、漫画のことを考えるようになるというのが理想だと思います。また、中学生くらいのとき、サッカー漫画ばかり描いていた時期があったのですが、頭の中では超長編が完成していたので、何故か4巻から絵を描き始めたり、16巻の地区大会編から描いたりしていました(笑)。しっかり22人全員分のプロフィール等を考えて作っていたのですが、そのおかげか、デビューした時に当時のジャンプSQ.の編集長から「多vs多を描くのが上手い」と言われました。なので、子供の頃にやっていたことが大人になってからも影響するのかもしれません。

司会:なるほど…。ちなみにこれまで助野先生が作品を描かれてきたなか、読切と連載で意識すべきことの違いを感じたことはありますか?

助野:細かい所ではいろいろあると思いますが、基本的には大きな違いは無いと思っています。連載だと、1話の中での起承転結に加えて、長期的な起承転結も意識する必要はありますが。あとこれは学生時代に授業で聞いたのですが、「長いページ数で面白いものを作れる人が必ずしも連載で面白いものが描けるわけではないが、短いページ数で面白いものを作れる人は連載でも面白いものを描ける」という話が印象に残っています。短いページ数で起承転結をまとめるのは難しいですが、新人時代にその練習をたくさんするのも勉強になると思います。

司会:ありがとうございます。質問のある方はいらっしゃいますか。

読者に強い印象を与えられる作品を描くにはどうしたらいいでしょうか?

助野:「常に驚かせる」というエンターテイナーの精神を持つことだと思います。以前インタビューで、『東京喰種トーキョーグール』の石田スイ先生が「読者を驚かせることしか考えていない」と仰っていたのを見ました。とてもシンプルですが作品を作るうえでの真理だとも思うので、それ以来、僕もその精神を持って漫画を描くようにしています。

司会:1時間目に「不安」という話がでましたが、助野先生はこれまで不安になったことはありますか?

助野:勿論ありますよ。きっとここにいる皆さんと同じだと思います。ただ、漫画家が何故不安になるのかを考えると、評価が欲しいからではないでしょうか。僕がデビューした頃は、友達に観て貰うか編集部に持って行くくらいしか作品の評価を得られる場がなかったですが、今は「Twitter」など評価される場所がたくさんあります。例えばwebに自分の作品をどんどんアップして評価を得られたら、出版社に持ち込んだ際でも「ネット上ではこれだけ評価されています」と言ってみてもいいかもしれません。周りからの評価が悪かったら直せばいいですし、評価を得られる場所が多い今は漫画家を目指す人にとって良い時代とも言えますね。ただその一方、現在「ジャンプSQ.」を含めた商業誌で成功する確率は、昔より低くなった気がします。しっかり戦略を練っていかないと、商業誌では今まで通りのやり方が通用しない時代になってきていると思います。

編集長:今までお話を聞いていて、助野先生から溢れるエネルギーを凄く感じるのですが、助野先生は普段、漫画に対してストレスを感じないのでしょうか?

助野:新人の頃は思うようにいかなくてノイローゼにもなったこともありました。でも今は全く無いですね。強いて言うなら、描きたいことがいっぱいあるのにその全てを描く時間が無いというのがストレスかもしれません(笑)。

司会:ありがとうございます。では最後に一言お願いします。

助野:今日ここに来た皆さんに「頑張って下さい」とは言いません。ライバルだと思っているので。僕も負けずに頑張ります。

1時間目の内容はこちら!

2時間目の内容はこちら!