ジャンプSQ.若手作家が聞く「マンガの極意!」内藤泰弘 先生 & 川崎 宙 先生

《9》キミも「面白い村」の住人に!

川崎 新人作家がやっておいた方がいいことはありますか?

内藤 何でも色々やってみた方がいいです。漫画を描くために無駄なことは一つもないと思っています。どんなに酷い目に遭っても、そこで面白いネタを一つ拾ったと思えば実になりますしね。あと海外旅行はいいですよ!全く違う風景と価値観に触れられるので、若い内こそ行っておくべき。

川崎 そういった体験は漫画で活かされますよね。

内藤 『血界戦線』みたいな異世界で色んなキャラがいる漫画には、海外での体験は重要な気がします。そのおかげで一つのものの見方に凝り固まらないでいられるというか。

川崎 では内藤先生が、新人時代にやっておけばよかったと思うことはありますか?

内藤 うーん……もっと漫画の量を減らして沢山恋愛しておけばよかったっすね(笑)。恋は大事です、心のエクササイズ的な意味で!オッサンになって愕然としたんですが、体力が衰えると人を好きになるのも億劫になってくる。信じられないでしょう?だから今のうちにガンガン素敵な恋愛をしていくのがいいですよ。

川崎 最近は同人作家からプロの漫画家になった方も多いですが、これまで趣味でやってきた人がプロになった場合、特に気を付けるべきことはありますか?

内藤 僕も同人作家上がりですが、周囲には「プロより上手い!」という人がゴロゴロいました。でも彼らがそのままプロで活躍できたかというと、必ずしもそうではない。実はプロの漫画家には、絵を描く才能以外にも能力が要求されるんです。

川崎 他にどんな能力が必要なのでしょうか。

内藤 他人と一緒に仕事ができる協調性があるか、コミュニケーションがしっかりとれるか、締切をきちんと守れるか、体調管理が普通にできるか、ストレスを逃がしてぶっ壊れる前に精神状態を平静に保つテクがあるか…とか。そういった必要なカードが揃わないといくら画力がトップクラスでも、プロの仕事はこなせない。同人誌と違い、依頼してくれる方と組んで作品に向かうわけですから。もちろん能力がいくつか欠けていてもいいのですが、その場合は誰かに補ってもらわなければならない。

川崎 新人の間でよく聞く悩みですが、皆それなりに描けるし上手い人も多いのですが、絵が周囲と似通って抜きん出た個性がない。これはどうしたらいいのでしょうか?

内藤 様々な時代や地域のものを貪欲に見ていかないと絵の差別化は難しいと思います。特にイラストレーター志望者はかなりキツい!ここ最近はアマチュアの皆さんも加速的に上手くなっていて、国内のpixivでも大変なレベルじゃないですか。その上、韓国中国台湾タイやシンガポールなど、海外からも滅茶苦茶上手いイラストレーターが台頭してきている。彼らは熱意もあるから、仕事を発注するとすぐに上げてくる。さらに物価の関係でギャラが安くてもお構いなしだったり(笑)。

川崎 ここ最近の海外イラストレーターは脅威ですよね。

内藤 だから僕は、そういった国内・海外の猛者が画力対決で殺し合っている「絵が上手いコロシアム」から逃れ、漫画で頑張る「面白い村」に避難しているんです。そしてそこの道端でお尻を見せては、皆を笑わせて投げ銭で生きているんです(笑)。

川崎 「面白い村」!私も行きたい(笑)。

内藤 イラストだけで勝負するとなると、皆が同じように技術を高めるから、抜き出るのは本当に難しい。しかも勝ち残ったところで、またすぐに新たな絵柄での競争が始まったりして…。漫画はネームと絵による表現だから、色々な方向に進むことができる。だから「面白い村」にはまだまだ土地が残っているんです(笑)。

川崎 「面白い村」の住人になるにはどうしたらいいでしょうか?

内藤 まずは自分が感動することです。いっそ毎日毎日号泣して暮らすとか(笑)。それは言い過ぎにしても、感動は創作の根っこになるしエネルギーにもなる。自分の普遍のルーツでもいいし、その時その時に出会って興味を持ったものでもいい。逆に感動を知らないフラットな人だと、面白いものは生み出せない気がします。

川崎 多感な時期に出会った「これだ!」というものも重要ですよね。私は中学の落書きノートを見て、恥ずかしさに「うわあああああ!」みたいになることがありますが…。

内藤 それ絶対捨てちゃダメですよ。いつか一周して温かい目で見られるようになります。そしてそこに込められた熱量を愛しく思う日がきっとくる。…というか、いつかその「うわあああああ!」と思った感覚を漫画にしましょう(笑)。むしろ僕の方こそ年を取ってしまい、恥ずかしい程度では心が動かなくなってしまった。大事なのは、自分の中に感動を覚えておくこと。結局、自分の心が動いていないと、人の心を動かす漫画は描けないんじゃないでしょうか。

川崎 本日はこんなにたくさんお話を伺えて、感激です!ありがとうございました。それでは最後に、新人作家に向けてメッセージをお願いします。

内藤 えー……皆さん、漫画を描きましょう!本当にそれしかない(笑)。描くこと以外に、漫画で身を立てる方法はありません。そして描くことが全ての答えを連れてきてくれます。先ほどの漫画力のように、漫画を一本完成させるごとに自分の中に何かが残っていきます。それをどんどん積み重ね続けて、より面白い漫画を目指して下さい。

川崎 ありがとうございました!

取材&マンガ 川崎宙
『強欲家の天職』『林檎飴騒動』でSQ.19に掲載の俊英!